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2010-05-24 (Mon)
ウチのバラ。

 3月中旬。

 あれから 二か月ちょい。。


 かなり いろりろありました!


 あ。

 父の話ですょ。


 んー。

 何から 話そっかなぁ。


 わたしは 人の悪口や、愚痴。

 正直話したりするのは 好きな方では ないんですょ。

 言ったとしても やっぱり 余計に 腹立たしくなったり・・。

 しゅうしゅうつかなくなるし。


 けど。

 今回は 悪口言っちゃっても 良いですか?

ウチのバラ。


 話し変わります。

 たぶん。 わたし。 人より、姉妹より、 親への愛情が 強いんだと思います。

 しょっちゅう 「両親と仲良いね」って 言われます。

 たぶん。 わたし。 マザコン・ファザコンの域に 達している???と。


 カミングアウトしてますが。。


 でも。 考えたくもないけど 順番でいけば 必ず親が 先に逝く。

 自分が 自立さえしていれば どれだけの愛情を 両親に そそいでも良いと。

ウチのバラ。


 「大腸がん」と宣告された 父は。

 検査検査で 検査に追われて 検査のせいで 食事も ろくに とれないし

 そばで見守る 家族みんなも そんな父のことが 頭から離れず、

 いっぱいいっぱいでした。


 わたしも 父が 内視鏡で手術のときや、すべての検査結果のときは

 必ず 父の元へ 足を運んで 一緒に病院に お伴してました。

ウチのバラ。

 埼玉の Gセンターで 内視鏡で取れるガンは 取ってもらいました。

 内視鏡後の 検査結果は 肛門付近に ガンがあるとのことで 腹を切る手術が 必要。

 「人工肛門」に なると思われ~・・


 父は。

 ガンは ガンでも 人工肛門になるのだけが イヤ。


 
 両親が 健康診断なり、お世話になってる病院に、

 今回のことで 用事があったため 母が。

 そこの先生に たまたま 父の結果を話すことがありまして。


 そしたら 先生が ビックリして 別の病院に 紹介状書いてくれたんです。

ウチのバラ。

 東京都の T病院。


 埼玉の Gセンターでの結果・手術予定を決める前日に 両親は T病院へ診察に。



 T病院は Gセンターでの結果・父の ガンがあると思われる部位の 触診だけ。

 
 「もし これが ガンなら 簡単に取れるはず。」

 「もっと奥に ガンがあるのなら 人工肛門には ならない。」

 

 T病院と Gセンターの診察が くいちがいました。


 T病院は Gセンターに 一筆書いてくれたようです。

 そして それを持って 翌日 Gセンターへ。

ウチのバラ。


 4月22日。 

 Gセンターで 転移の結果・手術日を 決める日。

 (うちらは T病院への 紹介状書いてもらいに。)


 早朝から 父母・わたしで Gセンターへ。

 30分待たされ ようやく 名前が呼ばれ。


 初めて会う Y先生。 

 この先生が 父の手術を担当する 先生なのだそうだ。


 Y先生は 椅子に座っていて 父のカルテですかね。

 無言で じーーーーーーーーーーーーっと 一生懸命 見直してました。


 母 「先生 どうなんでしょうか?」 


 Y先生 「わたしが 話す前に 聞かないで! わたしが 順番を追って 話しますから!」


  と。 母は 怒鳴られました。


 母 「あ。 すみません。。」

 
 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと 沈黙。


 ぽつり ぽつり。


 Y先生が 父に カルテの確認を していき。

 今までの診察結果で 聞いていることしか 話してこない。


 母 「どうなんでしょうか?」 


 Y先生 「だから あなたが そうやって聞くから 解らなくなるんでしょ!」

 
 こんな感じのを 5・6回 くり返し・・。

 5・6回 怒鳴られた。



 極めつけ。

 他の患者の カルテを 見せながら・・。


 Y先生 「わたしはねー! こんなに患者を かかえてるんだよ!

    あなたたちだけじゃ ないんだよ!!

    あなたたちが 聞いてくるから わたしも こんな注意をしなければならない!

    どんどん 時間が過ぎていく!!」

 
 患者である 父が聞いても。

 先生は 怒鳴り散らす一方。

ウチのバラ。


 これ。 わたしが 目の前で経験した事実です。


 なんなんでしょうか。

 時間ないなら 約束の時間通りに 来れば よろしい。

 30分も 待った。

 
 申し訳ないが 他の患者さんの話しを カルテを出されても

 こちらは考えてあげられる余裕は ない。


 「初対面なのに せかすな!」


 とも 言われたが 初対面のアナタこそ 医者なのに+口の聞き方さえ なっていない。 

ウチのバラ。


 家族5人で ここまでくるのに どれだけの思いが あるのか知ってるんでしょうか。。

 みんな 一人一人が 気が気じゃないわけなんですょ。

 たくさん心配して たくさん歩いて たくさん困惑して たくさん 泣いてるわけなんです。

 
 どうして どうして

 怒鳴りつけて
 
 父に あのような くやしい顔を させることが できるのでしょう。。

 そばに居た 母を 泣かせることができるのでしょう。。

 どうして どうして。


 くやしくて すでに ガマンの限界の わたしは いつキレようか。

 まぁまぁ 母に止められ・・。


 父は 「セカンドオピニオン」実行しました。


 それに 紹介状あっても なくても、この先生に 切ってもらうとか、

 一生付き合わなければならないのは とてもじゃないけど・・ 



  無理。



 「先生」とも 呼びたくもない。


 
 セカンドオピニオンの話したら コロッと態度が 変わって。

 父の転移の診察結果も 話さずに 「セカンドオピニオン どーぞどーぞ」と。

 
 わたしが 最後に 「肝臓と 肺、胃への 転移は?」と 聞くまで

 一切 この話が なかったですから。


 ちなみに 「ない。」とのこと。


 これだけを 聞きたかったんですょ。


 と。

 すぐ 部屋出されまして、

 全部取り仕切っている 何度か会ってる T先生のところへ。

 セカンドオピニオンの話は いってまして。

 T病院からの 一筆書いてくれた お手紙も 渡しまして。



 「どこ行ったって 同じだよ。」



 と 捨てゼリフ吐かれました。


 ここで。

 父のガンが 「誤診」と 判明。

 ・・肛門付近の ガンだと言われた 父の画像も消えていた。


 T病院の 言った通り。

 
 T先生 「人工肛門付けなくて 大丈夫だった。 ごめんね~。」

  「ガンも 内視鏡で全部取ったし、リンパに転移が あるかどうか解らないから」

  「この検査は 必要だけど 早期発見 早期発~~見~~。」

  「命にかかわる ガンじゃないから~。」


 ですって。


 
 イヤミ。 

 ちょっとだけ 言うことできました。


 わたし「この間の 人工肛門の診察結果のせいで 家族総出で 泣きましたょ。」って。


 T先生は 無視無言。。


 
 T病院に いくのに 父の必要なカルテやら、診察結果やら 全部もらいました。

 
 T先生に 渡したはずの 父の診察券が ないない騒いで うちらのせいにされ、

 全部終えて 帰るのに 昼過ぎに・・ 4時間かかりましたょ。

 イジメですか? くだらない。

ウチのバラ。


 医療に たずさわる人って。

 誰でも みんな、なりたいと ワクワクしながら 希望持ってたりするんじゃないんでしょうか?

 こんなふうに 患者さんを 馬鹿にしたり、傷つけたり、ひどい仕打ちをしようと思って

 医者や、看護婦に なろうと思ってないですよね。


 人間なのは 解る。 けど。 

 医者や 看護婦だからこそ 医療は もちろん、

 言葉にする重大さも 解っていないといけないところが 病院だと わたしは思います。

 
 先生のことは 神さまだとは 思わないけど  頼るものが 先生しかいないんです。

ウチのバラ。


 4月23日。

 翌日から 父母は ほぼ毎日 T病院へ。

 本格的に この病院での検査を 受けます。



 4月28日。

 T病院での 検査結果。 わたしも 待ち合わせして同行。


 父の 病名は 「S字結腸ガン  ステージ1」


 早期発見なのと Gセンターで 内視鏡で ガンは取っていたので

 様子見か、手術で リンパ転移が あるかどうか、調べるか。の 二手に 別れました。

 父も 年齢が 若いわけでは ないので 手術は大きい負担に ならなければ 良いのです。


 ガンが 2ミリだけ 根っこがあって それは切除しきれてなかったんです。

 「2ミリ」という言葉で リンパ転移が 10%の確立で転移なんだそうで

 これは もぅ腸を切り取って 検査に出すしか 解らないらしいんです。

 
 家族全員 手術で切除を 希望。

 
 と。

 Gセンターで なんだか解らなかった 肛門付近のものは 「痔」。(笑

 これも 手術で 一緒に治してもらうことに。

 と。

 父の腸の レントゲン。 「S字」ではなく? 妙に 長~~~~~いのだ。(笑

 先生も ビックリしていて まるで 「W字」。

 この長さも 「便秘」に つながるものらしい。

 なので 大幅な 切除を。


 もしかして その娘の わたしも 「W」??(笑

ウチのバラ。


 そして 5月9日~

 検査・手術のため 入院。

 
 父が 一人寂しくないように みんなで変わり番子に ほぼ毎日 お見舞いに。

 まぁ・・ 寂しがりはしないんですけどね、みんなの前では いつも怒ってるので。(笑


 
 5月12日。

 手術前日の 先生からの話し。

 夕方~ 父母と わたしとで 聞きました。

 
 手術の内容は 「腹腔鏡下S状結腸切除術」

 お腹も ほとんど切らない(切っても 一番大きくて 4センチ) 「腹腔鏡」での手術です。


 次の日 手術で 朝早いので この日は 泊りで 母と実家へ。

 明日また 母と 病院へ向かいます。


 首都高使って わたしの運転で 実家に向かっている時

 母は 父に メールを。

 運転しながらだけど 覗けちゃいました。



 「お父さん 大好き。 明日 手術がんばってね。」



 この言葉を 見たとき、思わず 涙があふれてきてしまいまして。

 母に 悟られないよう、 上を見ながら 運転してました。

ウチのバラ。


 翌日。

 5月13日。


 父の手術の日。

 9時ころから 手術室に入った 父。

 終えたのが 2時ころだったのでは。

 先生に 呼ばれ、切除した 腸の説明を 受けました。

 15センチ程度でしょうか。

 ぺらっぺらの 薄い皮。


 あの ホルモン肉みたいな感じ。(笑

 ホルモン好きな わたし。。 
 

 「・・うまそうだった。」などと 書かない方が 良いのかな。(笑

 オレンジ色の脂肪が 付いてたけど 綺麗でした。


 リンパ転移があるか どうかは これから解るのですが

 あっても なくても 今回ので 一緒に リンパも 切除できちゃったので

 一石二鳥です。


 まぁ あった場合 一気に 「ステージ3」に なるわけなんですが。


 これから 「5年」、 検査・経過を見ていくことに。

ウチのバラ。

 
 まだ麻酔が 覚めてない父に いろいろ 処置して 病室で会えたのは 3時すぎころ。



 手術は 大成功。


 
 ベッドで 寝ている 父の手を 泣きながら しっかり 握っていた母。

 携帯カメラ 向けると 父は 目を開けて しっかり Vサインで返してくれました。



 そして。


 5月21日 退院。

 今 現在も 体力を戻しつつ、 元気にしてます♪


ウチのバラ。


 このことを ブログUPするか どうか、ものすごく悩みました。

 やめようか、どうか、 けど 伝えなければならないこともあったし。

 
 コメント欄は あえて 開きませんね。

 人の悪口や そのようなニュアンスを 書いてしまったので なおさらです。

 また 読んでて 気分を害してしまった方が もし いたなら 謝ります。

 申し訳ないです。m(__)m

 

 気持ちやら 口では でかいこと言っても 

 人を 支えていくことは 容易ではなく 大変だったし、難しかった。 

 大きい病気を抱えているだけに。。



 わたしにも たくさんの励ましの言葉や メールや たくさん 頂きました!

 旦那さまも 理解してくれて たくさん助けてくれました!

 ほんとうに どうもありがとうございました。m(__)mm(__)m

 
 みなさんも これから いろんなことが あるでしょぅ。 ありますよね。


 だけど やっぱり そんなときこそ 信じて、 笑顔が 一番ですね!!

 
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